江戸川病院

社会福祉法人 仁生社

江戸川病院

診療科・部門|呼吸器外科

2024-10-29更新

呼吸器外科について

呼吸器外科 渡邉健一

 呼吸器外科は、肺がんやその他の肺腫瘍、胸膜腫瘍、縦隔腫瘍、気胸などの検査、治療を行う診療科です。肺癌の治療は、腫瘍内科、放射線科、呼吸器外科が連携して行う必要があります。当院で呼吸器外科の診療を開始いたしましたので、今まで以上に近隣、江戸川区、葛飾区にお住いの方たちのため最良の治療を提供できるよう尽力する所存です。手術などの診療につきましては大学病院との連携のもと行ってまいります。特に気胸については、現在も不明な点が多いため各施設で様々なことが行われており、先生によって意見のちがいが多い疾患です。そのため混乱している患者さんが多いのが実情と思います。当院での肺癌の手術、気胸診療について述べたいと思います。

自然気胸

原発性自然気胸

※術後再発を予防する方法

続発性気胸

肺気腫 COPD

間質性肺炎

胸腔子宮膜症気胸(月経随伴気胸)

リンパ脈管筋腫症

胸膜癒着療法について

方法

胸膜擦過 胸膜切除

ミノマイシン

ピシバニール

タルク

自己血

50%ブドウ糖

初期研修医ガイドブック

専門医修練プログラム

最近の業績

渡邉健一 胸腔鏡手術後におけるサージセル使用と神経痛出現の関連について 第198 回
肺 癌 学 会 関 東 支 部 地 方 会   2023 年 3 月 9 日 東 京
https://procomu.jp/haigan195/pdf/haigan195_abstract_0302.pdf

渡邉健一 気胸手術で使用されるサージセルが引き起こしうる術後疼痛について 第183 回
呼 吸 器 学 会 関 東 地 方 会   2023 年 2 月 25 日    東 京
https://www.jrs.or.jp/meeting/kanto/file/230228_253kaikigo.pdf

渡邉健一 再生酸化セルロースが胸腔鏡手術後の慢性疼痛に及ぼす影響について 第184回
呼 吸 器 内 視 鏡 学 会 関 東 支 部 会 2023 年 3 月 4 日 東 京
https://procomu.jp/jsrekanto184/pdf/jsrekanto184_program.pdf

渡邉 健一 自然気胸に対しPolyglycolic acid sheet(PGA)による胸膜補強施行後の再発症例の胸腔内癒着剥離について第26 回日本気胸・嚢胞性肺疾患学会総会 2022 年9 月3 日 東京

渡邉 健一 子宮内膜症の自然史についての考察―胸腔腔子宮内膜症性気胸の横隔膜病変 の病理学的検討からー 第43 回日本エンドメトリオーシス学会 2022 年 1月 22日 東京

渡邉 健一 第74 回日本胸部外科学会総会 難治性気胸の手術症例における術前の胸腔造 影検査の意義について 2021 年10 月31 日 東京

渡邉 健一 胸腔子宮内膜症性気胸の横隔膜に子宮内膜腺組織と間質細胞を認める5 例 について病理学的考察 第25 回日本気胸・嚢胞性肺疾患学会総会 2021 年9 月17 日 web開催

渡邉健一 胸腔子宮内膜症性気胸における横隔膜の裂孔様病変の、発生機序についての 病理学的考察 第38 回日本呼吸器外科学会総会 2021 年5 月20 日 長崎(ハイブリッド開催)

Ken-ichi Watanabe, Nobuhiro Imamura, Jotaro Yusa et al. Pleurography (thoracography) for pleural fistulas: A case series: JTCVS Techniques 2021 7 285-91
Pleurography (thoracography) for pleural fistulas: A case series - ScienceDirect

自然気胸

原発性自然気胸

背が高く痩せている20歳前後の男性に多い疾患であることがよく知られています。肺の一部に穴が開いてしまい、肺が萎み、胸の痛みや呼吸苦を来します。肺の一部が弱くなってしまい、その部分が破れて空気漏れがおこります。肺の弱い部分はブラ、ブレブと呼ばれておりますが、発生機序が不明です。弱いところが残っていると再発しやすいことが見込まれますので、外科的に切除を検討します。以前は、肺の一部を切除し縫合するために大きな創で開胸して肺の縫合を行っておりましたが、1992年に自動吻合器が使用できるようになり、小さい傷でカメラを用いて行う胸腔鏡手術が普及しました。しかし、開胸手術に比べて胸腔鏡手術は再発が多いことが分かっております[1]。そこで再発を予防するために以下の方法が行われております。

再発を予防するために
胸腔鏡手術後の再発率を減らすため本邦では、切除した部分や、ブラが好発する部分を強くするために手術時に補強材を貼付する方法が行われてきました。補強材にはいくつか種類があります。カバーリングと呼ばれる方法ですが、日本独自の治療といえるでしょう。補強材の種類について説明します。
補強材の種類
ネオベール
日本のグンゼという会社が製造販売している、ポリグリコール酸シートです。手術の際、臓器を縫合するときに使用する吸収糸に似た成分で薄いフェルト生地のような形態のものです。これは体内に吸収されるのですが、酸化作用があり炎症を起こすことで胸膜を補強します。1992年ごろから使用されておりますが、気胸手術後の再発予防効果について良い成績が報告されています。当初は、強い癒着を来すため一部の先生方は問題視していたようですが、動物実験で血液製剤であるフィブリン糊と併用することで癒着がしにくくなることもわかっておりますので[2]、安心して使用することが出来ます。しかし、ネオベールを使用しても再発は10%程度見込まれます[3]。私は以前勤務していた病院でネオベールを貼付する方法で手術を行っておりましたが、9.8%に再発を認めたという結果でした[4]。その他大阪大学の報告でも10.9%の再発があったと報告されております[3]。当時、他の病院では再発率3%、あるいは2~5%などと自院のホームページに記載していたため、私が自身の病院のホームページに再発率9.8%と記載してから気胸の患者さんがあまり受診してくれなくなったことがありました。再発率にはいろいろな評価(1年に限定した数字など)があるため患者さんには、慎重に解釈してもらいたいと思っております。 当科では基本的にはネオベールとフィブリン製剤を用いた手術を行ってまいります。
サージセル
ジョンソンアンドジョンソンから製造販売されている酸化再生セルロースをガーゼ様、布様、綿、粉末状にしたものです。体内に吸収されるものではありますが、止血剤として製造されており、肺の表面をカバーするためのものではありません。添付文書(取扱説明書)には、止血が完了したら可能な限り取り除いてくださいと警告されておりますので、気胸の手術で、肺の表面補強材として留置することは適応外使用になります。理由としては、酸化作用が強いことと、水に溶けやすく移動してしまうことにより神経障害や痛みの原因になりうるからとされております。サージセルによる肺の表面のカバーリングも一部の病院で行っておりますが、気胸術後再発予防効果に関して疑問視する報告が多いです。大阪大学ではサージセルのカバーリングを37例に行い8例(21.6%)に再発を認めたと報告しておりますし[3]、筑波大学からは57例にサージセルを使用し22.8%再発したとしサージセルのカバーリングは気胸術後再発予防に寄与しないと報告しています[5]。また名古屋市立大学の報告でもサージセルのみのカバーリングでは17%再発したと報告されております[6]。また酸化作用により痛みの原因になる可能性があります。さらに再発予防効果も少ないということであれば、使用には慎重にならざるを得ません。そもそも適応外使用であるため、本当に効果的なのか調べる必要がありますので臨床研究として実験的に使用することになります。サージセルも強い酸化作用があり前述したネオベールより急激な変化があることも報告されているため使用した場合は患者さんに侵襲を加える可能性がありますので、特定臨床研究(2018年に施行された臨床研究法で決められたもの)として行う必要があると考えます。一般の病院では使用することが基本的に出来ないはずのものですが、もしサージセルを使用して手術を行うと説明された場合は、今までの治療成績や使用する理由などを主治医によく確認すること、またセカンドオピニオンについても積極的に検討することをお勧めいたします。

続発性気胸

肺癌、肺炎、肺気腫、胸腔子宮内膜症、リンパ脈管筋腫症などが原因で、肺や胸膜が破壊され空気漏れを起こしてしまった場合を続発性気胸といいます。

肺気腫、COPD(慢性閉塞性肺障害)の続発性気胸
私個人の意見は、病理学の成書では原発性自然気胸に見られるブラ・ブレブも肺気腫の一種と分類している場合が多いため、“肺気腫やCOPDの続発性気胸“という表現に違和感がありますが、(原発性自然気胸といわれているものも肺気腫の一種であるブラが原因であるということになりますから、広く解釈すると”肺気腫の続発性気胸“と言えるからです。)一般的には高齢の喫煙者に見られる肺気腫に合併した気胸を”肺気腫の続発性気胸“という言い方をします。肺の拡張は得られやすいので比較的気胸の治療は行いやすいと考えます。
間質性肺炎の続発性気胸
最も治療が難しいのは間質性肺炎の続発性気胸です。肺が固く、小さくなり脆くなるため胸腔内の陰圧は高くなり、気胸の治療が難しくなります。術後死亡率が15%という報告もあり[7]そのため治療の適応も慎重に考えるようにしております。
胸腔子宮内膜症性気胸 月経随伴性気胸
肺が入っている胸腔に子宮内膜症が発生し気胸をおこすものです。子宮内膜症はまだわかっていない点が多い疾患であり、子宮内膜症性気胸の治療についても不明な点が多いのが現状です。そのため、医師によって説明の内容が大きく異なることがあり、患者さんが混乱してしまうことが多い病気です。私は前医では胸腔子宮内膜症性気胸についての調査に力を入れておりました。子宮内膜症に対して行うホルモン治療と、手術治療を行いますが、手術は、胸腔内の内膜症の組織をすべて切除することを目標として行う場合が多いです。40歳前後の方に多く、ほとんどの気胸は右側に発生します。若年で発症する胸腔子宮内膜症性気胸も報告されており、その場合は発生に左右差はないとされております。自然気胸との合併している場合も少なくないとする報告もあり、女性の気胸を診察する際は、胸腔子宮内膜症性気胸の可能性を常に考える必要があります。 胸腔内を観察すると横隔膜に病変を認め、横隔膜の一部を切除する場合が多いです。肺の胸膜の病変も好発部位がありますので、そこを重点的に観察いたします。肺切除後は一般的な気胸の手術時に行う胸膜の補強を行います。前述したようにサージセルについては適応外使用であり気胸予防効果や癒着防止効果についても疑義があるため、基本的にはネオベールとフィブリン糊にて補強を行います。様々な医師の意見を聞いて手術法を検討すべきと思いますので是非ご連絡ください。現在報告されている胸腔子宮内膜症性気胸のデータについてご説明いたします。
胸腔内の子宮内膜組織を肉眼で見えないものまですべて切除するのは困難であると考えます。術後の再発率が多いのも子宮内膜組織が残存していることが原因の一つと考えられます。そのため胸膜癒着療法も治療の有力なオプションになると考えるべきかもしれません。胸膜癒着療法は絶対すべきではないという意見の医師もいますが、後述するように胸膜癒着療法は比較的有害事象も少なく安全に行える治療であるとする論文は多くあります[8],[9]。ご本人と相談して手術法を検討し決定いたします。私は胸腔子宮内膜症性気胸の診療について前医から力を入れておりました。前述したように医師によって違った説明をされる場合があり混乱する患者さんが多いのが胸腔子宮内膜症性気胸と思います。遠方にお住まいの方でも、疑問点がある場合は、メール等でお問い合わせいただければ、可能な限りお答えいたしますのでお気軽にご連絡ください。
リンパ脈管筋腫症の続発性気胸
リンパ脈管筋腫症(LAM)は妊娠可能な年齢の女性に発症する病気で、LAM細胞といわれる異常細胞が肺、リンパ節、腎臓などでゆっくり増殖することにより症状を来す稀な疾患です。60%ぐらいの方が気胸を発症しますが、LAM細胞からの蛋白分解酵素により肺が破壊され気胸を発症すると言われております。アメリカの呼吸器学会と日本の呼吸器学会のガイドラインでは、気胸を発症した場合は胸膜癒着療法を行うよう推奨されております[10]。初回の気胸発症後すぐに胸膜癒着療法を行うか否かについては議論があるところのようです。
本邦では、他の気胸と同じように、癒着療法は行わないほうが良いと考えている医師が一部におり、サージセルによる全胸膜カバーリングという術式が行われております。多くのLAMの患者さんがその手術を受けている現状があります。しかし、前述したようにサージセルは適応外使用であり強い酸化作用があるため、侵襲的な治療と思われますし、気胸再発予防効果に関しても議論される場合があるため、ガイドラインに載るような治療法ではなく臨床試験にて行う治療と私は考えます。ガイドラインで勧められている癒着療法についてあまり説明されない場合も多く、セカンドオピニオンを受けることや、全胸膜カバーリングの現状の成績や合併症の発生についてよく質問することをお勧めいたします。胸膜癒着療法を行うと将来肺移植が必要になったときに、剥離操作で出血の合併症が多くなる可能性があるため、癒着させないほうが良いという意見もあります。しかし一方でLAMに対して肺移植を行っても再発することが知られており、mTOR阻害剤(シロリムス)の治療の有効性が報告されてからは、LAMに対して肺移植を行うことが本当にいいのか議論が必要かもしれないと言われております[11]。胸膜癒着療法はガイドラインで推奨されている治療です。LAMに対する胸膜癒着療法が本当によくない治療なのかよく考える必要があります。セカンドオピニオンとしてご質問があれば、現状、報告されているデータについてできる限りわかりやすく説明いたします。

胸膜癒着療法について

胸腔内に炎症を起こさせて、肺と胸膜を癒着させる治療です。炎症を起こさせるために機械的な刺激を加える方法と、強い酸や死菌、タルクによる炎症を起こさせる方法、自己血を用いる方法、50%高濃度ブドウ糖を用いる方法があります。

方法
胸膜擦過 胸膜切除
手術中に胸壁側の胸膜をヤスリのようなもので擦って傷をつけたり、電気メスで焼灼したりして刺激します。また胸膜を切除する方法もあります。アメリカでは、胸膜擦過による胸腔鏡手術後の気胸術後再発予防が良く行われているようです。
ミノマイシン、テトラサイクリン
これらの抗生剤を胸腔内に投与すると強い酸化作用があるため癒着を起します。しかし再発率は33%程度と報告されております[12]。また、酸化作用が強く痛みの原因となるため対策が必要です。
ピシバニール OK432
菌の死骸に対して炎症を起こす反応を利用した治療です。ピシバニールは、溶連菌の死骸+ペニシリン(抗生剤)ですが、胸腔内に投与すると炎症が起こり癒着を発生させます。日本では古くから行われて用いられております。悪性胸水に対しての胸膜癒着療法についてデータがありますが、気胸に対しては適応外となります。しかし実臨床では、肺の空気漏れに対して使用する場合は少なくありません。
タルク
軟白石と呼ばれる鉱石ですが、手袋の滑りをよくするためのパウダーやファンデーションの原料になるものです。胸腔内に散布すると異物反応により炎症反応を起こし癒着を発生させるとされています。悪性胸水、気胸の治療として、タルクを用いた胸膜癒着療法の有用性が報告されております。以前は全身麻酔下で胸腔内に散布していたがユニタルクというタルクを液体に溶かした製剤があり胸腔内投与が簡便になりました(スラリー法)。気胸に対しても2021年12月から使用できるようになりました。欧州では気胸の治療にタルクでの胸膜癒着療法を主たる治療のひとつとして行われており長期成績を含め良好な結果が報告されております[8],[9]
自己血
自身の血液を胸腔内に投与する方法です。再発率は15.6~18.2%とされております[12]。間質性肺炎の続発性気胸の治療は難渋する場合が多いのですが、ピシバニールやタルクによる胸膜癒着療法は、間質性肺炎の急性増悪を発生させる可能性があるため、自己血投与が治療の中心となる場合が多いです[12]
50%ブドウ糖
50%ブドウ糖による胸膜癒着療法についての報告は古く1970年代にされております[13]。浸透圧により作用すると考えられますが、機序は私の知る限るでははっきり解明されておりません。それを見直す形で2012年から2015年に有効であったというデータが日本で相次いで報告され注目されておりました[14]-[16]。それらの報告を踏まえ2つの臨床試験が行われたようですが1つは中止、1つは中断されているようです。重篤な合併症を認めたことと治療成績が良くなかったためと推測します。もし本当に効果がある治療であれば、1970年から報告されて50年ほど経ちますので、一般的な治療になっているはずですが、現在でも保険収載されている治療ではありませんので、慎重に考えるべきと思います。また、受けられる患者さんには侵襲が見込まれますので、私は臨床試験として行うべき治療と考えます。したがって当科では50%グルコースを用いた癒着療法は基本的にお勧めいたしませんが、他の治療法が難しい場合には検討いたします。
欧州では気胸に対してタルクによる胸膜癒着療法がよく行われているようです。10年の経過観察で問題なかったという報告もあり安全に行える方法と認めざるを得ません。再発した時やのちの手術の時に剥離が必要になり、リスクが増加するため癒着療法は絶対行わないほうがいいと説明している医師もおりますが、多くの癒着は丁寧に剥離すれば問題はないと考えます。また、癒着療法施行後に呼吸機能の低下が問題になったという大きなデータは私が検索した限りではありません。稀ですが急性肺障害の発生した症例の報告がありますが治療のオプションの一つとして、患者さんには提示し真摯に説明をすべきと考えます。
気胸の治療については欧州と米国、日本でそれぞれ治療方針が異なっている状況です。通常、同じ疾患でこれほど地域により異なる治療がされている疾患はないのではないでしょうか。これは我々医師に責任があると考えております。

肺癌の診療について

概要
気管や気管支、肺胞(肺の中を通る気管支の末端にある小さな袋状の組織)の細胞に起きるがんです。周囲の組織に浸潤しながら増殖していき、離れた臓器に転移します。特に、脳、骨、肝臓、副腎、リンパ節などに転移しやすいことが分かっております。2021年の統計でも、がんによる死亡者の数でも肺がんが一番多いのが現状です。肺の組織から発症した場合は原発性肺がんと呼び、他の臓器から発生して肺に転移したがんを転移性肺がんと呼びます。肺がんは顕微鏡で細胞を観察し、病理学的にタイプ(病理検査の組織型)分類されますが、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん 小細胞肺がんが主な組織型になります。小細胞肺癌はほかの組織型と比べ性質が異なるため手術適応や使用する抗がん剤など、治療方針が異なります。

原因
肺がん発生の原因はすべて解明されているわけではありません、小細胞肺がん、扁平上皮がんの発生にはタバコが関与しているといわれておりますが、喫煙者は非喫煙者に比べると発症率が高いということで、タバコだけが原因で発生するものではありません。しかし喫煙者は、本数を多く吸う人ほど肺がんになりやすく、また肺がんで死亡する率も高まるというデータもありますし、タバコを吸い始めた年齢が低いほど、さらに危険性が高まるという統計結果もあります。加えて、受動喫煙についても影響の大きさが問題視されており、たとえ非喫煙者であっても、周囲の人がタバコを吸う環境にいる場合は注意が必要とされております。タバコで発生することが分かっている慢性閉閉塞性肺疾患(COPD)は肺がんになりやすくなるという報告もあります。腺がんという組織型の肺がんは、タバコを吸わない人で多くみられます。進行が遅いタイプもあり、小細胞肺がんや扁平上皮がんと比較すると根治できる人が多いと考えられています。アスベスト(石綿)やクロム、ラドンなどの有害物質に長期間暴露されたりすることも、肺がんに罹患しやすくなるというデータや、結核や慢性閉塞性肺疾患といった肺の病気にかかることも肺がんの原因となりうるとする報告もありあます。この他に大気汚染も原因として挙げられることがありますが、因果関係はまだはっきりとはしておりません。

症状
肺がんのタイプ組織型や、発生した部位によっても違いますが、基本的に初期段階では目立った症状が出ないことが多いです。症状が出てから病院に受診した人は進行していることが多いのが現状です。このため、毎年の定期健診での胸部エックス線検査や胸部CT検査が重要と考えます。ぜひ毎年の検診を受けていただきたいというのが我々肺癌の治療に従事する者からの希望です。肺門部といって気管あるいはその近傍に発生すると、呼吸時に喉が「ゼーゼー」「ヒューヒュー」と鳴る喘鳴(ぜんめい)が発生しやすい可能性はありますが、咳やたん、発熱、倦怠感、胸の痛み、血の混じった痰が出るなどの症状が出るのはかなり進行してしまった場合であることが多いと思われます。また、こうした症状は他の呼吸器系の疾患にも起きることがありますが、長期間症状が治まらない場合は医療機関を受診して調べてもらうことをお勧めします。

検査・診断
他のがんと同様、進行度分類(ステージ分類)があり、組織型と組み合わせて治療方針を決定します。また、腫瘍細胞の遺伝子検査を行い、分子標的治療や免疫チェックポイント阻害剤の適応があるか調べます。

胸部エックス線検査やCT検査などで疑わしい影が見つかった場合、基本的に8㎜~10㎜以下であれば経過観察を行いますが積極的に検査を計画する場合もあります。それ以上の大きさで肺がんの可能性が高いと判断した場合は、組織型の診断のために、気管支鏡検査(先端にカメラがついた細い管を気管支まで入れ、気管の内側や気管支の状態を診る検査)、CTガイド下針生検(はりせいけん)、あるいは全身麻酔下の胸腔鏡検査で切除、または腫瘍の一部や細胞を採取し、病理検査を実施いたします。痰を採取しての細胞診や、胸水がたまっている場合の胸水の細胞診も行います。病気の進行度分類の診断は、PET-CTやMRI検査を追加で行い、ステージを診断します。腫瘍の情報(T)、リンパ節転移の情報(N)、遠隔転移(M)の3要素からTNM分類を決定しステージが決まります。ステージにより治療方針を決定いたしますが、ご本人の体力(日中どのように過ごされているか)も治療計画を立てる上で重要です。

治療
肺がんの治療は近年、著しく進化しております。分子標的治療や免疫チェックポイント阻害剤の登場をはじめ、放射線治療の機器の進歩も治療成績の改善に大きく寄与しています。また、現在もよりよい治療を追求するため様々な臨床試験が行われています。前述のように組織型、ステージ分類の診断により治療方針を決定いたしますが、組織型別あるいは遺伝子変異の有無などにより治療方針が細分化されたものがガイドラインで推奨されておりますので、それを基に治療を計画いたします。以前は手術ができない程進行して見つかった肺がんは「手遅れ」だという表現が用いられるほど治療成績が良くありませんでしたが、現在は「手遅れ」という状態はないといっても過言ではありません。さらに治療も副作用について研究されておりますので以前ほど辛いものではなくなってきています。また、ご高齢のかたの場合は、何もせず症状が出た場合に治療していく(緩和治療、ベストサポーティブケア)という選択肢も重視される場合があります。がんが体の中にあっても症状がなければ問題ないわけです。無理にがんを退治しようとすると、具合が悪くなる場合もありますので、呼吸器内科、放射線治療科の医師と十分に話し合って方針を決めることが大切です。

手術

早期に発見できた肺がんは手術治療を行いますが、症状がない人がほとんどです。そのため手術後何事もなかったように社会復帰できるようにしたいと考えております。そこで胸腔鏡下手術、胸腔鏡補助下手術などの小さい傷で手術が行われており、経過でほとんど痛みを感じなかったという人も少なくありません。ロボット手術も保険収載され、行う施設が増えておりますが2023年4月の時点では創は5か所程度で行うことが多く、他の胸腔鏡手術と比較し低侵襲手術とは言い難いと思います。しかし狭い箇所での確実な操作や立体的に拡大視でき、とても正確な操作が可能になり大きな利点と考えますので今後の発展が期待されます。当院にダビンチというロボット手術の設備がありますので積極的に導入していきたいと考えております。
現在は広背筋、前鋸筋、僧帽筋などを切離し、肋骨を切って行う大きな開胸手術は、特殊な場合を除いて行われることは稀です。多くの筋肉を切断する大きな開胸手術より、小さい傷で行う胸腔鏡補助下手術、胸腔鏡下手術が優れているということを証明するのは実際は難しいのですが、2か月以降も症状を来す、開胸後疼痛症候群とされる患者さんは少ないと考えます。小さい傷で筋肉を切断せずに行う手術には、主に直接術野をみて行う胸腔鏡補助下手術と、モニターに映した術野で行う胸腔鏡手術があります。私は胸腔鏡下手術、胸腔鏡補助下手術の両方の方法で行っておりますが、それぞれに長所短所がありほとんど差はありません。それらを比較した論文も私が知る限りではありません。モニターだけ見て手術をすすめる方が優れていて、高度な技術と考えている医師もいるようですが根拠に乏しいと考えます。単孔式といってさらに、創を一か所で行う手術があります。一か所からカメラと手術器具を入れて操作するメリットもあり胸腔鏡下手術を行う時は単項式の方法で行う事はありますが、もう一か所2㎝以下の創を置いても侵襲は変わらないと考えておりますので、単項式にこだわった手術は当科では行っておりません。(現時点では通常の胸腔鏡下手術に比べて単項式の方が優れているというデータはありませんし、今後もおそらく出てこないと思います。単孔式で行っていることを宣伝しているような施設や医師は手術に対する考え方が私とは全く違うということは言及できます。)
基本的には、外科手術による腫瘍切除、抗がん剤を用いた化学療法、放射線治療を組み合わせて行いますが、がんのタイプや進行具合、他の組織への転移の状況、患者の体力、年齢、呼吸機能など、さまざまな条件を十分に考慮しながら治療方針を決めております。手術治療が選択された場合でも、切除した肺、リンパ節を病理学的に調べ、状況によっては術後に化学療法を行う場合もあり従来の殺細胞性抗がん剤の投与をすすめられることもありますが、殺細胞性の化学療法の有害事象(副作用)については快適に治療を受けていただこうと多くの研究があり、対策がされております。想像しているより楽に治療を受けられると思います。基本的に化学療法や分子標的治療では根治が難しいので、著効した場合は局所治療である手術治療や放射線治療(サルベージ治療)を積極的に検討いたします。

検診の重要性
肺がんの検査、治療について述べてきましたが、最も強調したいのは定期的に健康診断を受けてほしいということです。現在でも6割程度の方が進行した状態で診断され手術治療や放射線治療が選択しにくいのが現状です。胸部X線写真のみでは発見できる肺癌が限られております。低線量のCT検査での検診の有用性が報告されておりますが、肺がん検診として施行している自治体は少ないです。特に60歳から65歳を迎え、第2の人生を始められた方たちに多いので人間ドックなどで1年に一度胸部CT検査を受けるようにお願いしたいです。今や肺がんの治療は、以前ほど辛い治療ではなく、恐ろしいものではなくなってきていると思います。怖がらず検診を受けてほしいというのが肺がん治療に携わっている医師の願いです。

1.大畑 正: 自然気胸 : 最近の治療法, 克誠堂出版, 2001
2.Ichinose J, Nagayama K, Hino H, et al: Results of surgical treatment for secondary spontaneous pneumothorax according to underlying diseases. Eur J Cardiothorac Surg 49:1132-6, 2016
3.Bridevaux PO, Tschopp JM, Cardillo G, et al: Short-term safety of thoracoscopic talc pleurodesis for recurrent primary spontaneous pneumothorax: a prospective European multicentre study. Eur Respir J 38:770-3, 2011
4.Györik S, Erni S, Studler U, et al: Long-term follow-up of thoracoscopic talc pleurodesis for primary spontaneous pneumothorax. Eur Respir J 29:757-60, 2007
5.Gupta N, Finlay GA, Kotloff RM, et al: Lymphangioleiomyomatosis Diagnosis and Management: High-Resolution Chest Computed Tomography, Transbronchial Lung Biopsy, and Pleural Disease Management. An Official American Thoracic Society/Japanese Respiratory Society Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med 196:1337-1348, 2017
6.Khaddour K, Sankari A, Shayuk M: Lymphangioleiomyomatosis, StatPearls. Treasure Island FL, © 2023, StatPearls Publishing LLC., 2023
7.Hallifax RJ, Yousuf A, Jones HE, et al: Effectiveness of chemical pleurodesis in spontaneous pneumothorax recurrence prevention: a systematic review. Thorax 72:1121-1131, 2017
8.Jadoul D, Petropoulos P, Hahnloser P: [Treatment of spontaneous pneumothorax and prophylaxis of relapses (author's transl)]. Acta Chir Belg 75:416-26, 1976
9.Fujino K, Motooka Y, Koga T, et al: Novel approach to pleurodesis with 50 % glucose for air leakage after lung resection or pneumothorax. Surg Today 46:599-602, 2016
10.Tsukioka T, Inoue K, Oka H, et al: Pleurodesis with a 50% glucose solution in patients with spontaneous pneumothorax in whom an operation is contraindicated. Ann Thorac Cardiovasc Surg 19:358-63, 2013
11.Tsukioka T, Inoue K, Oka H, et al: Intraoperative mechanical and chemical pleurodesis with 50 % glucose solution for secondary spontaneous pneumothorax in patients with pulmonary emphysema. Surg Today 43:889-93, 2013