社会福祉法人 仁生社
江戸川病院
①ホルモンバランスの変化
妊娠に伴い、母体ではさまざまなホルモンのバランスが変化します。その中でもリラキシンが妊娠3ヶ月から産後2.3日にかけて胎盤から分泌されることで、骨と骨を結合している靭帯の弛緩性が増加します。この作用は出産時に骨盤輪が広がり、胎児がスムーズに通過するために必要ですが、仙腸関節や恥骨結合部が緩くなることで骨盤の不安定性も増加します。(図1)
図1
②姿勢の変化
胎児の成長により子宮が大きくなることで、腹部が前方に突出します。このとき安定性を保つために骨盤が前傾し、胸椎と腰椎の弯曲が大きくなり、腹筋と腰背部筋がバランスを取るようになります。(図2)
図2
③インナーユニットの変化
インナーユニットとは横隔膜、腹横筋、多裂筋、骨盤底筋群の4つの筋で、体幹や骨盤帯の安定性に関わっています。横隔膜は呼吸筋としても働きますが、子宮の増大により上方に押し上げられます。腹横筋は、腹筋群の最深層で子宮を適切に腹部にホールドするために重要ですが、腹部が大きくなると引き伸ばされて厚みが減少します。また、骨盤底筋群は腹部臓器を支えるハンモックのような役割をもちますが、胎児の重みにより下方に引き伸ばされます。多裂筋は胸椎・腰椎の弯曲の増大に伴い過緊張状態となります。(図3)
図3
妊娠初期は、腰椎椎間板ヘルニア、腰椎すべり症、筋膜性腰痛などの妊娠前からの疾患に伴う腰背部痛の悪化が多いとされていますが、妊娠後期に近づくにつれて胎児の成長、骨盤の形態・姿勢の変化、体重増加に伴う骨盤帯痛の頻度が増加します。また、産後は出産時の骨盤開大による損傷痛、骨盤の不安定性が残存していることによる症状が続く場合と、育児による姿勢が原因となる場合もあります。
腰痛の原因は運動器疾患以外にも内臓疾患、血管疾患などが挙げられます。特に妊婦さんは子宮の増大で尿管が圧迫されて水腎症などの泌尿器系の疾患が認められる場合があるため、これらの鑑別が必要になります。また、母体から胎児、母乳へカルシウムを供給するため、母体の骨吸収が亢進し妊娠後骨粗鬆症を呈し、その結果椎体の圧迫骨折を来すこともあるため、画像検査を必要とする場合があります。レントゲン撮影は被曝を最小限にとどめることが望ましいため、必要のある場合には胎児への侵襲が比較的少ないMRIを優先することもあります。
筋肉の過剰な緊張を取るためのストレッチや、脊椎を支えるためのインナーユニットを中心とした腹部・腰背部の筋力強化運動が効果的です。また、骨盤由来の腰痛に関しては、骨盤支持ベルトなども有効です。脊椎の弯曲が強くなると腰痛を増強するため、座る姿勢などにも注意します。
Q: 妊娠中に運動をして良いのですか?
A: 産婦人科診療ガイドラインでは、運動が禁止されていない妊婦における適度な有酸素運動は、早産や低出生体重児などの母児罹病を増加させることなく、健康維持・増進に寄与することが期待できるとされています。妊娠中の好ましいスポーツの具体例としてウォーキング、水泳、ヨガ、ラケットスポーツ、エアロビクス、固定自転車、ピラティスが挙げられており、転倒や落下、接触の危険を有するスポーツや仰臥位あるいは不動のまま立位を保持する姿勢は好ましくないとされています。
Q:運動が禁止されるのはどのような場合ですか?
A:重篤な心疾患、呼吸器疾患のある方、また産科にて頸管無力症、持続する性器出血、前置胎盤、低置胎盤、前期破水、切迫流産・切迫早産、妊娠高血圧症候群と診断されている場合は、妊娠中のスポーツ開始・継続は勧められません。
注意:痛みを強く感じる場合、辛い姿勢は無理に行わないでください。
①脊椎と骨盤の運動を改善する運動
息を吐きながら背中を丸め、息を吸いながら背中を反らせる。
②大腿前部のストレッチ
片方の膝を曲げてお尻の横に足を置き、体を後ろに倒す。
慣れてきたら倒す角度を大きくしていく。
③臀部のストレッチ
前の膝を外側に倒し、体を前に倒す。
スポーツ医学科ではわたしたちが担当しています。
• マザーヘルス協会 産前産後の母に関わる医療従事者のための 入門ブック Ver.1
• Rachel M. Kacmar MD and Robert Gaiser MD: Chestnut’s Obstetric Anesthesia, 2, 13-37
• 鈴木真: 臨婦産 Vol.60 No.10: 2006.10
• 須永康代、平元奈津子: PTジャーナル Vol.56 No.4: 2022.4
• 布施陽子、福岡由理: PT ジャーナル Vol.47 No.10: 2013.10
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